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2011年6月

2011年6月30日 (木)

七夕飾りに願いをこめて。

最近は、ほとんどの人が運転免許を所有し、どこへでも好きな時間に自分たちで行くことが出来る。

欲しいと思うものが簡単に手に入るようになって、時間も24時間我が物のように使っている。

3.11以降、そのことが当たり前ではないのだと痛いほど感じる。

子どもの頃、家族で出かけたりすることは、もの凄いイベントだった。

車で出かけることも少なく、汽車で徳島に出かける日は、朝からドキドキだったのを覚えている。

この時期になると、夢や願いごとを短冊に書くことも楽しかった。

625_003

これは、木岐奥公民館の玄関前に設置された七夕飾り。

地元の皆さんの願いを短冊に記してもらおうと、毎年次世代会議が設置しているもの。

今年はどんな願いごとを書こうかな?

年々、健康がテーマになってくるのは、私だけじゃないよね?!happy01

2011年6月27日 (月)

力尽きた・・・とは言いたくない!

広報って、本来どうあるべきものなんでしょうか?

私自身は、読み手を思いやれる情報紙であることが、一番の条件なんだけどなぁ。

どんなに議論しても解決できないのなら、発信手段を変えるのもありだよね。

皆さんは、広報という情報収集手段に、何を求められますか?

どういうものなら、手に取ってみようと思いますか?

2011年6月26日 (日)

好きなら好きってはっきり言わなきゃ!

まぁ、なんて意味深なタイトルsmile

これは、日々私が感じてる、言葉の裏腹さや曖昧さなどを併せ持つ、

さまざまな表現手段としての言葉に、ストレートな思いを込めてpunch 書いています。

私のtwitterのタイムラインに、・・・「感情」の問題を「ことば」にすりかえている・・・

(詳しくは私のRTを見てね!)というつぶやきがありました。

最近よく似たことがあったので、やっぱり人間って感情に左右される生き物なのかな?と思いつつ、
2年ぐらい前に、「言葉でトラップを仕掛けるみたいな、卑怯なことはやめたらどうなんな!」
という会話が交わされた場面を思い出しました。
表現の仕方や、言い回し一つで、様々に受け止められる日本語独特の表現法。
曖昧さを大切にする日本人独特の風習を決して否定するものではありませんし、
私自身、その曖昧さにどれだけ救われてきたか分かりません。
それでも、最近の国政を見ていると、まったく潔さがないなぁと思えて仕方ないんです。
やっぱり、分かりやすい言葉・伝わりやすい言葉って、ストレートじゃないとダメなんだと思います。
もちろん、ストレートに表現するということは、相当の勇気がいります。
それでも、言い切ったあとはすっきりとした爽快感の方が大きいと私は思うし、
そうすることで、自らの信念に基づく強さを改めて実感できると受け止めています。
皆さんは、どう思われますか?

2011年6月23日 (木)

自然が呼吸してる!

昨日は、ほんまに久しぶりの晴れで、かなり蒸し暑い一日でした。

8時ごろからでしょうか、山頂近くから白い蒸気みたいなものが立ち上り始めました。

9時半を過ぎると、山の至る所から白い蒸気が上がり、何とも幻想的な風景でした。

Kc3r0023

写真では見えにくいかもしれませんが、ガードの上あたりがモヤモヤっとなってるの分かりますか?

山の地表にしみ込んだ水分が日の光に熱せられて蒸発してるんだと思うんだけど、

ものすごい量の水蒸気だったと思います。

まるで、山が深呼吸をしているような、自然も生きているぞ~!!とアプローチしているような

そんな迫力がありました。

2011年6月20日 (月)

一般質問通告書

美波町議会6月定例会が、本日開会。

当議会では、初日の12時までが通告書の提出期限となっています。

町長提案理由の説明を受けて、通告できるのはいいことだと思います。

質問の順番は、通告順、つまり提出した順になります。

私は、今回6月7日に提出していますので、一番です。

あっ!3月も一番でした。

1期め、初めてで何も分からない頃、周囲から新人議員は2年くらいは質問せず、

勉強を重ねるべきだ!とか、通告も先輩議員を差し置いてはいけないとか、

いろいろな助言をいただきました。

もちろん、心にはありがたく刻みましたが、あんまり守れてはいないと思います。

助言くださった皆さん、すみません。

さて、今回の私の通告内容を記載します。

こんなことを聞いてほしいとか、またアドバイス等、よろしくお願いいたします。

また、関心のある方は、23日午前9時からですので、ぜひ美波町役場3F議場まで

傍聴にお越しください。

  《通告書》

1.防災意識向上のための町づくり

  ①本町の自主防災組織は100%の設置となっているが、各組織はどのような活動をしているのか。

   今後の住民の防災意識向上のためには、この組織の活動を充実させることが急務と考えるが、町の考えや対策は。

  ②危機管理プロジェクト(仮称)と、自主防災組織との連携は。(町長提案理由の説明を受けて追記)

  ③これからの防災教育の主役は小・中学生であり、リーダーの育成は重要である。

   学校での防災教育の現状と今後の方向性は。

2.学校教育

  ①学習指導要領改訂により、今年度から小学校において学習内容がかなり増えている。

   来年度からの中学校の改訂も踏まえ、現場ではどのような課題が起こっているのか。

   また、課題解消のための方法は。

  ②発達障害について、本町ではどのように対応しているのか。

   幼稚園(保育園)から小学校への連携は十分になされているのか。

  ③ふるさと学習など、自分の町に誇りを持てる教育を深めてはどうか。

2011年6月19日 (日)

先輩方に、心から感謝します!

毎日、テレビで議論されている原発問題。

東北大震災の復旧が遅れているのも、東北地震発生により福島第一原発が

レベル7の事故を併発したことが大きいと思います。

今日、原発について学ぶ機会がありました。

ずっと気になっていたけれど、原発の歴史も現状もなかなか調べられなくて、

この機会はありがたいものでした。

講師は、徳大名誉教授(物理学)の服部敏彦さん。

40人くらいの参加だったでしょうか。

今、国内に54基もの原発があり、震災以降稼動しているのは19基だということも

恥ずかしながら、今日初めて知りました。

その冒頭、先生から「40年ほど前に私、由岐町に行ったことがあるんですよ。」

・・・ 『ええっ?私、由岐出身ですが(私の心の中の声)』

四国で原発の候補地を探しているときに、県南で話が持ち上がり、

海への影響を重く見た由岐町の人たちは、原発反対を打ち出し、

専門家のその先生の話を聞きに、700人の町民が集まったそうです。

その当時の町長が、こんなにたくさんの町民が一堂に会したのは初めてだと言ったくらいdash

たぶん、私が生まれた頃だから、私はその当時の状況も知らないけど、

改めて、由岐町に暮らす私たちの先輩たちが必死になって反対したから、

今の由岐の海が、自然が守られているんだなぁと、心からありがたいと思いました。

その後の流れで、最近の話として、最終処分場を誘致しようとした東洋町のことも話題にのぼり、

・・・ 『そう言えば、美波町議会として反対の決議文を出したなぁ(私の心の中の声)』

原発の立地によって該当市町村にもたらされる電源立地地域対策交付金や固定資産税、

周辺の雇用や産業など、複雑に絡みあう思惑。

それでも、私たちの世代だけでなく、子どもや孫の世代までも安心して暮らせる環境を作ることが、

今の私たちの役割だと思います。

もっと知恵を出し合って、日本の技術と能力を駆使すれば、代替エネルギーってあるんじゃないかなぁ?

2011年6月18日 (土)

いろんな個性が集まって。

「防災若草会」の発起人は、野口さんと私です。

発起人メッセージを読んでいただくと分かると思いますが、

想いは同じでも、これまでの生き方も、現在進行形の暮らし方も、

若草会への表現法も違います。

でも、それが大事なんだと思います。

似たような環境でいると、語り合うことも、思いを闘わせることもなくなってきます。

違うからこそ、お互いを高めあえる。

だから、いろんな個性が寄り集まる会を目指したいと思います。

仲良しクラブ的なみんな一緒じゃないと!・・・という形ではなく、

それぞれが光る個性をもっと磨いて、それぞれに活躍する、

ここは「あなたのステージよ!」という場を、生みだし続けたいと思います。

だって、私は三女なんだもんbleah

「wakakusa_message_1.pdf」をダウンロード

「wakakusa_message.pdf」をダウンロード

若草の季節から・・・。

「防災若草会」スタートしました!

若草物語にちなんで、長女―次女―三女―四女の四世代が寄り集まって、

来たるべき南海地震に備えるための活動をしようと。

私は、たぶん・・・三女世代scissors

三女は、やんちゃに引っかきまわす役割があるのよねflair

だから、いつも通りに、思ったことをポンポン言って、

まずはやってみようよ!って一歩踏み出せばいいrun

それぞれの世代の役割を大切に、この会を大きく育てていきたいなぁと思います。

042

040 初めての顔合わせ。

自己紹介から始まって、参加いただいた皆さんの家が

美波町のどこにあるのかからスタート。

だって、生活圏の狭くなりがちな女子は

字名だけでは、位置まで想像つかない。

地図を広げて、みんなで共通認識。

「美波町って、ほんまに横長なんじゃ。」

「でも、奥にも広いから、海ぎわの地域と山ぎわの地域では課題が違うよなぁ」

昨日、参加くださった皆さんは、やはり海ぎわに暮らす、津波を心配して危機感を持たれている方々でした。

3班に分かれて、ワークショップ。

やっぱり、女子は楽しいわ~happy01

盛り上がる!盛り上がる!

意見は山盛り、紙に書くのも忘れて、話す話すkaraoke

それでも、課題の吸いあげも出来て、充実した時間でした。

長女世代がたくさん参加くださって、大きな役割を担ってくれました。

今の美波町の現実に、彼女たちからの言葉で、いろいろと気づくことがありました。

頭で考えるだけでも始まらない、思っているだけでも始まらない。

まずは、口に出して語ってみる!

これが女子ならではの、楽しくも真剣な「防災若草会」なのです。

2011年6月16日 (木)

防災女子会発足しま~す!

3.11東日本大震災から、3ヶ月。

打ち合わせを重ねてきた防災女子会を、いよいよ17日(金)に立ち上げます。

「bousai_wakakusa.pdf」をダウンロード

女子会なので賑やかな会になりそうですが、真剣な時間はもちろん集中!!

新種の女子会を目指します!

応援よろしくお願いいたします。

2011年6月14日 (火)

美波町にとって大きな一歩

タイトルのように知事が評した、美波町病院事業にかかる要望書の提出。

県庁において、本日午後、町長と議会が知事に提出してまいりました。

徳島県の新たな地域医療再生計画の中に、美波町立病院の統合再編をしっかりと位置づけていただき、

合わせて、本町も早急な計画の具現化を図るという決意。

そのために、3点要望をいたしております。

・病院事業の医療体制のあり方についての助言指導

・統合再編に際しての最大限の財政支援

・医師派遣についての特段のご配慮

「統合再編」という言葉をはっきりと打ち出したことは、大きな一歩だと私も考えます。

そして、ここに美波町の現況、将来の人口推移、3.11未曽有の大震災などを合わせ見ると、

「逃げなくてもいい場所に、地域医療の根幹となる病院移転を」

という思いが日増しに強くなります。

まだまだ課題山積、県が提出する地域医療再生計画も国に採択されて初めて稼動するもの。

それでも、前を向いて歩みを進めていくことが私たちの役割だと心に刻み、

「時間はタダじゃないんだ」と日々意識して、頑張りたいと思います。

2011年6月13日 (月)

お隣のおばぁちゃんが亡くなりました。

うちの隣は、お寺です。

昨日、そのお寺のおばぁちゃんが亡くなりました。

96歳でした。

穏やかで、でも底抜けに明るくて、かわいいおばぁちゃんの印象があります。

うちのすーは、小っちゃい頃、私の仕事の都合で実家に預かってもらった日は、

よくお寺に遊びに行っておりました。

ある日、すーがいなくなって、私の母が必死で捜しまわり、

それでもいなくて町内放送でもしてもらおうかと考えていた時に、

ふと、お寺の本堂の方ではなく、はなれのおばぁちゃんの部屋かも?と思い立ち、

覗いてみたら、おばぁちゃんとすーちゃんが一緒に笑顔でいた・・・ということもありました。

そんなだから、大きくなってもすーにとって、お寺のおばぁちゃんには特別なものがあるのか、

昨日、おばぁちゃんが亡くなったことを話すと、「うち、お葬式に行かなあかん!」と

即答でした。

身内じゃないし、学校があるからということで、私がすーの分までお見送りをしてくる

ということにしたのですが、すーのその優しい気持ちに、嬉しさを感じるとともに、

寂しさも増しました。

そして、うちのおばぁちゃんが亡くなったときのことを思い出しました。

おばぁちゃんが亡くなったのは、すーが保育園の時ですが、

その時は亡くなったということも、お葬式の雰囲気もよく分からず、

お見送りをする時に、みんなが泣いて、私も号泣しているそばで、

「かぁさんが、何で泣きよるか分からんけん、すーちゃんはほれが悲しい。」と、

ほんまに寂しそうな顔をして、ぽつりと言ったこと。

あれから、11年。

すーも、大人の階段を一歩一歩のぼっているようです。

おばぁちゃんのご冥福を心からお祈りいたします。

2011年6月11日 (土)

いざというとき、使えないと!

東北大震災から3ヶ月。

月日というのは歩みを止めず、流れゆくものです。

この3ヶ月を振り返って、自分自身何が変わったのか?何が出来たのか?

今日一日、自問自答していました。

これ、由岐支所前の写真です。

Kc3r0019

由岐支所前の駐車場には耐震性貯水槽が埋設されています。

これは、いざ、由岐湾内地区が地震や津波の被害を受けて、水が必要となったときに、

地域住民を守る命の水に代わるものです。

先日、議会だより報告会を行ったときに、住民の方から、

「東北大震災後、その日に備えて、この貯水槽を機能させる訓練を行いたいと申し出たが、出来なかった。」

という意見がありました。

これについては、私自身、勉強不足・情報収集不足をお詫びするしかないのですが、

この施設、いざ機能させるときはどのようにするのでしょう?

東北の津波被害を見ていると、見渡す限り、瓦礫の山、山、山。

この施設の上に瓦礫がたまってしまうと、開けることさえ出来ないのではないでしょうか?

そういうことも想定し、やはり訓練は行う必要があると考えます。

私がしなければならない仕事は、まだまだあると痛感します。

有言実行、無言実行、スピードを上げて頑張っていきたいと思います。

2011年6月 9日 (木)

2病院ではない。

美波町の最重要課題である『2つの町立病院と1診療所』の今後の形。

毎年、2億を超えるお金を一般会計から投じて維持継続されている地元の医療機関。

いよいよ方向性を決める段階になってきている。

先日の病院事業改革特別委員会では、町長は「2病院ではない」と明言した。

ただ、この表現…最終どのような形態になるのだろうか?

1病院1診療所(+阿部診療所)

2診療所(+阿部診療所)

1診療所(+阿部診療所)

その他、もちろん診療所にも、有床・無床があるからもっと複数の形が考えられる。

ただ、町長には「2つの地区に医療機関はそれぞれ必要」という大前提があるから、

0はないだろう。

最終的に大きな決断をすることになるこの課題。

2つの両輪が一丸となって、真剣に考えていかなければならないと思う。

そして、どのような形になるにしても、まずは町民に知らせる努力をお願いしたい!

そして、私たちも努力したい!

美波町民の暮らす、この町の病院の未来像なのだから。

2011年6月 8日 (水)

6月定例議会

6月定例会のシーズン。

県内各地で、6月議会が開会し、様々な議論がなされています。

美波町は、他町村に比べて毎年遅いので、下旬頃開会の予定です。

14日に議会運営委員会が開かれ、そのなかで日程が決まります。

今のところ、20日開会、27日閉会の雰囲気です。

議会運営委員会前なので議案等については、まだ把握できませんが、

しっかりと議論をし合える場にしたいと思います。

また、今定例会から議会中継配信システムが稼働します。

ただ、即中継配信とはならず、当分の間は録画配信なので、

実際、インターネットで世界中から見えるようになるのは

9月頃の予定と聞いています。

それでも、大きな大きな一歩!!

ここまで歩みを進めてくれた、前回の美波町議会の議員の皆さんと

予算をつけてくれた町長さん初め所管の皆さんに、心から感謝したいと思います。

そして、このネット配信を通してたくさんの皆さんに生の議会を見ていただくことで、

美波町の現状や課題などについて、より身近なものとして関心を持っていただく

きっかけのひとつになれば、大変嬉しく思います。

活用法によっては天と地ほどの差を生むネット配信ですが、

現美波町議会の議員の皆さんの協力も得ながら、

よりよく活用することによって、開かれた議会に一歩一歩近づくし、

応援して下さる皆さんに何かしらの恩返しのひとつになるといいなぁ!と

私自身も大いに期待しています。

配信開始が待ち遠しいです!!

2011年6月 6日 (月)

何も知らんくせに!

痛いなぁ・・・   この言葉をぶつけられると。

思春期というのは、どうしてこんなにも鋭く、回り道せず直球なんだ?impact

「宿題しぃよ」 私のこの一言に、すーが噛みついた。

「かぁさんは、何も知らんくせに!」

はい…coldsweats01  知りません。

心底、あなたに目をかけたいと心掛けているのですが・・・

会議、夕食準備、塾、資料づくり、会議…。

これでは何も知らんくせに(見てもないのに言うな!)と言われても、口答えできんわなぁ。

それにしても、直球過ぎる!せめて、カーブかスローボールにcrying

でも、そういえば私自身ごく最近に「何も知らんくせに!」って心の中でイカッたもんなangry

これって、私もまだまだ思春期真っ只中ってことなのかしら?(笑)

2011年6月 5日 (日)

2日午後、テレビの前で開いた口がふさがらなかった。

目の前で繰り広げられているこの現実は何なの?

内閣不信任案否決。

国難のとき、復興に全力を注がなければならないとき、

被災地の国民が不自由な生活に耐え、懸命に生きているのに

国民1人ひとりが、1日も早い復旧復興を心から望んでいるのに

国は何をしているのか…

おかしい!この国会は、おかしい!

その思いがひたすら頭を駆け巡っていました。

国会議員の志はどこにあるのか…腹が立ってなりませんでした。

今の政権には血が通っていないと、ことあるごとに感じるのは

私だけでしょうか?

被災地に拠点を置き、すべての所管を集め、この闘いに挑めないのでしょうか?

大切な人を守るために、自らの身をなげうって、この国難に挑めないのでしょうか?

志高く生きるということは、ただきれいごとでなく、もっともっとドロドロとした

熱くたぎるものであるはずだと、私は思います。

2011年6月 4日 (土)

お客様じゃないよ、私たち。

昨夜の「防災若草会」(この会の詳しい中身については後日)の立ち上げ準備会や、

これまでのいろいろな人たちとの会話の中で・・・。

避難所で、「私たちはお客様」 こんな感覚ではあかんよなぁ!

確かに。けど、そういう意識の住民って多いん違う?

実は、あたしもこれまでほうだったかも。

現実、被災して避難したことがないけん想像つかんけど、たぶん何していいか分からんし

ぼ~っとしてしまうと思う。

ほれって、職員は違うんかなぁ?いろいろ訓練しとって、即対応してくれるんかなぁ?

けど、職員さんやって被災するんやけん、全ての避難所に職員が絶対来てくれるや不可能ちゃうん?

ほうやなぁ~、「誰かがしてくれる」と思うこと自体、あかんのんよ。

「してくれる!」と思うけん、してくれんかったら不満に思うし、

何していいか分からんって考えることを最初から放棄するんよ。

ほの方が楽やけん。

「誰も何も出来ん!」ってとこからスタートしたらええんちゃう?

ほしたら、自分がせなあかんのやし、ほのためには何が必要なんか、

どうしたらいいんか、まず考えるんちゃうん。

けど、ほういう習慣って身についてないよなぁ?

避難所まで行ったら上等って感じちゃうん?

うん。まず、逃げることが一番大事やし、そこをクリアしたらひとまず〇なんやけど、

避難所まで自分で来たけん、あとは誰かがしてくれるんを待つだけって考えは

改めなあかんと思う。

ほな、どうしたらいいん?

逃げてきた人たちで、役割分担して、最低限の日常の空間を作るんよ。

日常?・・・食事、トイレ、お風呂、睡眠とかってこと?

ほの日常のリズムを一番知っとんってお母さんちゃう?(お母さんは語弊ある?)

うん、女の人の方が得意と思う!

同感!

ほれに、男の人って復旧に向けて外に出ていくやろ、職員さんやって町内全体の状況把握とかに追われるだろうし。

ほなけん、ここはあたしらの出番よ。

ほんまやなぁ?けど、役割分担って誰が決めるん?

ほんなん今決めんでええんよ!誰がどこの避難所に行くか、誰も分からんのやし。

役割分担の項目や連絡調整の方法、情報の発信手段、掲示板の一例みたいなんをオリジナルで作っとくんよ。

で、ほれを避難所に掲示すれば、それぞれの避難所ごと合うように修正しながら即動き出すんちゃう?

ほんまやなぁ、赤ちゃんがおる避難所、病気のお年寄りがおる避難所、連絡がつかん避難所、

ライフラインが確保された避難所、確保されてない避難所・・・、

いっぱいパターンは考えれるもんな。

経験がないけん、すぐには思いつかんけど、こうやって基本パターン作って、そのつど上書きしていけば、かなり有効ちゃう?

ほんまじゃ!お金かけんでも、あたしらでも出来るでぇ!!

うん、まずやってみんけ!

↑ 以上、途中経過。

皆さんのご意見も、ぜひコメントにお寄せ下さいね。

2011年6月 1日 (水)

夢を語ろう!

さぁ、6月!

月の始まりにいつも、自分自身でしたためた「2011年新年の抱負」を読み返す私。

これはOK!、これはまだまだ!と自己評価し、今月の暮らし方を考える。

そのくらいしても、人間は忘れる生き物。

高い目標であればあるほど、忘れたり見失ったりするみたい…

これって私だけ?!

でも、だからこそ思う。

『夢は語るもの』

思ってるだけじゃ、かたちにならない。思いが見えない。

言葉にして初めて、声に出して初めて、そこに魂が宿るんだと思う。

どんどん語ろう!

この世界中、無限大の夢や目標はあっていいんだから。

皆さんの夢は何ですか?

語る場所はありますか?

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