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2011年5月29日 (日)

過ぎ去ったことは忘れてしまうものなのか・・・。

今日、由岐母子寡婦福祉会の総会(懇親会)を開いた。

時代の流れやいろいろな事情があって、現在は私の世代以下の母子家庭の母6名が、中心となっている。

小規模組織になって、初めての総会。

その会議の中で、それぞれの現状や悩みが話題になった。

一つの仕事の収入だけでは生活が厳しいこと。

病気をした時、怪我をした時、子どもたちが成長した時の教育資金の準備等、

常に不安定感が伴うこと。

仕事は探しているけど、なかなか互いの条件がかみ合わないこと。

それぞれの思いを聞いて、改めて痛感した。

私自身が経てきた苦しかった時間を・・・。

すーが3歳の時に離婚し、その年の保育料は前年の世帯の所得額に応じて計算されるため、

高額な保育料が課せられた。

これは、ルールだから仕方がないとはいえ、その当時、収入もかなり落ちていた私には生活を続けること自体厳しかった。

保育料が払えずに、役場の担当の前で泣いたこともあった。

払いたいけど払えない・・・この悔しさは言葉では表現のしようもない。

それでも、一生懸命頑張ったと、今更ながら思う。

保育料の滞納分は、月1万ずつ分割で納めることを認めてもらって、コツコツ払ったこと。

すーには愛情をこめて夕食を作って、自分は我慢したこと。

もっと働く手段もあったけれど、何よりもすーの母親でありたかったこと。

すーにも、いろんな場面で寂しい思いをさせたこと。

今、自分が経た時間を、若い彼女たちが同じように悩みながら、日々を重ねている。

過ぎ去ったことはいつしか、私の中で昇華され忘れていたけれど、

今、悩んでいる、苦しんでいる、その人たちの声をもっともっと聞かなければと思う。

弱い立場の人たちに光のあたる、そんな社会を広げるために、私は生きているのだから。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

過ぎ去ったことは、今が幸せだと忘れがちです。
よく言われることですが、幸せという字は辛いという字から一歩踏み出した状態の字です。
「幸せ」は、最上級ではなく、辛いのひとつだけ上なのです。
人はもっと上にある「幸せ」を求めようとします。
そんなときに、振り返っていては上を向くことができないから、とりあえず忘れてみるんだと思います。

福祉を学んでいて思うことは、日本人は「みんな同じ」が好きだということ。
日本の福祉の教育では、「バイステックの7原則」を時間を割いて教えます。
アメリカでは、あまりに当然のことなので、日本ほど時間を要しません。

当然のことですが、人はいろいろな人生や背景や個性を持ち、社会と接しています。
その多様性を受け入れる力が小さな社会に、私たちは暮らしているのかもしれません。
福祉や政治は、いろいろな場面でいろいろな人の考え方や、いろいろな悩みを知ることから始まると思います。

まず目の前のこと、そこにあることを考え、耳を澄まし、声を聞き、光を当て、よい政治家になってください。
子を失った母、子のためを思い泣く泣く子を手放した母は、母子寡婦福祉会にも入れないのではないですか?
光が当たったときに影になる部分もあることも、いつか思い出してください。

マコトさん

「光が当たったときに影になる部分もある」

心に深く、つきささりました。

いつも自分自身、発する言葉が知ったかぶりの、うわべだけのええかっこしぃ!になってないか、

と反省をくり返すのですが、改めて目に見えないもの、耳に届かない声に

自らのスポットを当てられるように、日々心掛けたいと思います。

ありがとう。

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