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2011年5月

2011年5月30日 (月)

あたしだったら!

私って、おかしなくせがあって、これはくせというより癖に近いと我ながら思うけど、

何かの場面ごとに、「私だったらこうする!私だったらああする!」と考えてしまう。

あたしがあの人だったら、あたしがあの子の親だったら、

あたしが医者だったら、あたしがあのおじいちゃんだったら、

あたしがあの人の妻だったら、あたしが町長だったら、

あたしが社長だったら、あたしがオリンピック選手だったら、

あたしがTVドラマのこの役だったら、あたしが・・・

結局、頭の中で考えを巡らすだけだから、それが実現することはまずないけれど、

それでも、そうやって考えを巡らすことは、いつしか役に立つかもしれない。

世間には私が反面教師にしている人もいるし、それはとてもありがたく有効であると思う。

ふとそんなことを考えながら、私の脳ってほんまにいろいろと考えることが好きなんだなぁと

改めて思う。

中味があるかどうかは別にして・・・。

2011年5月29日 (日)

過ぎ去ったことは忘れてしまうものなのか・・・。

今日、由岐母子寡婦福祉会の総会(懇親会)を開いた。

時代の流れやいろいろな事情があって、現在は私の世代以下の母子家庭の母6名が、中心となっている。

小規模組織になって、初めての総会。

その会議の中で、それぞれの現状や悩みが話題になった。

一つの仕事の収入だけでは生活が厳しいこと。

病気をした時、怪我をした時、子どもたちが成長した時の教育資金の準備等、

常に不安定感が伴うこと。

仕事は探しているけど、なかなか互いの条件がかみ合わないこと。

それぞれの思いを聞いて、改めて痛感した。

私自身が経てきた苦しかった時間を・・・。

すーが3歳の時に離婚し、その年の保育料は前年の世帯の所得額に応じて計算されるため、

高額な保育料が課せられた。

これは、ルールだから仕方がないとはいえ、その当時、収入もかなり落ちていた私には生活を続けること自体厳しかった。

保育料が払えずに、役場の担当の前で泣いたこともあった。

払いたいけど払えない・・・この悔しさは言葉では表現のしようもない。

それでも、一生懸命頑張ったと、今更ながら思う。

保育料の滞納分は、月1万ずつ分割で納めることを認めてもらって、コツコツ払ったこと。

すーには愛情をこめて夕食を作って、自分は我慢したこと。

もっと働く手段もあったけれど、何よりもすーの母親でありたかったこと。

すーにも、いろんな場面で寂しい思いをさせたこと。

今、自分が経た時間を、若い彼女たちが同じように悩みながら、日々を重ねている。

過ぎ去ったことはいつしか、私の中で昇華され忘れていたけれど、

今、悩んでいる、苦しんでいる、その人たちの声をもっともっと聞かなければと思う。

弱い立場の人たちに光のあたる、そんな社会を広げるために、私は生きているのだから。

2011年5月27日 (金)

負けることが悔しかった・・・

時々、私のパワーの源はどこにあるのだろうと、ふと考える。

きっとそれはコンプレックスなんだろうと、いつもそこに行きつく。

そしてそれは、他人にあるものを羨ましいと思う気持ちではなく、

自分にないものを悔しいと思う、自分の内に根ざすコンプレックス。

もともと特別な才能を持たない私は、人一倍の努力を重ねることで成長してきたと、

自己分析をする。

けれど、それは自慢にもならない、自己満足の域を超えないちっぽけな努力だから

恥ずかしげもなく、おおっぴらに書くことでもないだよね・・・coldsweats01

それでも、人は誰でも努力をする姿はかっこいいと私は尊敬するし、

過去の自分に常に負けたくないから、気持ちがバックしそうな自分を奮い立たせて

立ち向かう努力を重ねているつもり。

これまでの経験で、乗り越えられない壁もあるのかもしれないと思ったときもあった。

それでも、振り返ると何とかもがきながら、あがきながらでも、周りに助けられて乗り越えてこられた。

今も、やっぱり乗り越えられない壁はあるのかもしれないと、気弱になる瞬間もある。

無理して嫌われなくても、流されたら楽なんじゃない?と思うときもある。

でも、それこそ無理!

私の性格が許さないpunch

こんな私。自分でもなかなかやっかいな生き物だなぁ・・・と苦笑するしかないけれど、

そこで頑張れる、踏ん張れる、新たな自分自身を見てみたいと思う、もう一人の私がいる。

過去の自分を越えること。 それが、今の自分が負けてない証。

これからも、負けることは悔しい!と、常に思う自分でいたいと思う。

2011年5月25日 (水)

かたちは見えなくても・・・。

悔しい思いをしたときや、もどかしい思いをしたとき、

目指すものが何なのか、ふと見失いそうになったとき、

私の心の中に(心なのか脳なのか自分自身定かではないけど)

旧由岐町の兵庫町長が、いつも浮かんでくるのです。

私が臨時職員として由岐の役場に勤めていた頃の町長で、

これからのまちづくりを真剣に考えられていた方だったと、私は尊敬しています。

その町長が亡くなられた平成17年11月。

その日から、なぜか私は兵庫町長の想いを引き継ぐ一人にならなくては!と

勝手に思い込んだのです。

思いこんだ理由なんて分からないし、実際理由なんてないのかもしれないけど、

なぜか、そう思ったのです。

そして、その日があったから、議員になりたいと思ったのは確かです。

まちづくりの思いを引き継ぐために・・・。

今、本当にその想いを引き継げているかと聞かれたら、何の実績も結果も出せてないと思うけれど、

それでも、行きづまったときにいつも浮かんでくる町長の姿は、私の励みになります。

ここまでやったからそれでいい!というものでは決してない、

まちづくりは限界のないものだからこそ、これからも私らしく頑張っていきたいと思います。

姿はなくても、この町をつくってこられた先輩たちから時間を経ても教えてもらってることは、数知れずあります。

それをいつも心にとめて、つながりながら、今をしっかりと生きたいと思います。

2011年5月23日 (月)

ひとつ、ふたつ、みっつ・・・いいことあった?

「毎日、たったひとつでいい、いいことがあれば幸せだと思おう。」

疲れた時や、へこんだ時に、魔法の言葉のようにそう唱える。

今日も朝からいや~な、へこみモードだったんだけど、

気分転換に外に出てみたら、買いたかったものが安く見つかったり、

抽選に当たったり・・・、一気にやる気モードになってきた!

単純な私は、もっと頑張れそうな気になって、気合いが入り、嬉しくなった。

明日もまた頑張ろう!

一日ひとつ、いいこと見つけよう!!

2011年5月21日 (土)

情報を共有する手立て。

議会だより報告会2日め。

今日は日和佐の中心部で行いました。

議員6人、住民5人。

前回、日和佐で行った時も4人だったけど、それはきっと龍馬伝の最終回の日だったから…

と確信してたのになぁ。

結局、開催曜日を変えてみたり、場所を変えてみたりしても同じなのかな?

「寄り合い」って言葉、私は好きなんだけど、昔は普通にあった寄り合いが、

今では面倒なものに思われてるのかな?

じゃあ、形を変える?

これからも委員会で方向性を探りながら、議会全体として、

情報共有していくにはどうあるべきか考えなきゃいけない。

住民はもっと情報が欲しいと思ってる。

知りたいと、自分たちの町に関心を持ってる住民を大事に思える町であって欲しいなぁ!

心の通った、思いやりやぬくもりを感じられる町であってほしいなぁ!

2011年5月20日 (金)

無関心が一番怖い・・・

議会だより報告会、一日め。

今回は、報告会の案内が、町内放送のみとなったこともあって、各戸配布が出来ず、

(震災の影響で、印刷用のインク不足のため大量の印刷は控えなければならない状態)

周知不足ということは十分受け入れたうえで、それでも感じたこと。

001

ホワイトボード前の中央には、本来私が座ってるけど、(写真を撮ったのが私のため写ってない)

それでも、議員3人。住民4人。

報告会の意義について、改めて考え直す必要があると思う。

無関心が、住民不在の行政を作ってしまう。

議員にとっても、住民の声を聞かせてもらえる重要な時間。

この現状に、危機感と言葉にならない恐怖感を感じたのは、私だけだったのかな・・・

今日来てくださった皆さんには、心から感謝いたします。

これからも、引き続きご意見・ご提言をよろしくお願いいたします。

明日は、日和佐公民館1F会議室 午後7時~

5月27日(金) 阿部公民館 午後6時~

ぜひ、ご近所お誘い合わせのうえ、お越しいただけたらと思います。

2011年5月18日 (水)

あっという間の一周年!

ちょうど、ブログを始めて1年。

実は、いつ始めたかあやふやだったんだけど、今日「婦人ガン検診」があって、

ふと、ブログを始めたばかりの頃にその検診のこと記事に書いたなぁと思い出した。

で、ブログの一番下をチェックeye   2010/5/18 の文字。

おぉ~!!ちょうど1年だshineshine

昨日、「2年前は今があるなんて思ってもなかったよねっ!」って言葉を交わしたこともあって、

改めて、重ねてきた時間の大切さを実感してた。

一日は24時間、これはすべての人に平等に与えられているもの。

それをどう生きるかは、一人ひとりの生きざまにつながる。

過去を振り返らない生き方を望む人も私の周りにはいるけれど、

私は、過去も振り返れる、そんな大人でありたい。

過去があるから、今がある。今の私がいる。

過去の自分も愛おしく思うし、未来の自分の可能性にドキドキする人でありたい。

結局のところ・・・、私は自分が大好きなのですheart02

2011年5月16日 (月)

時間は限りあるもの。

時間的な余裕と気持ちのゆとりがなかった一週間。

深夜、パソコンを開いても、脳は動かず、自然にまぶたが落ちてくる・・・みたいな。

家族の誰かが体調が悪いと、日常の当たり前のことが何もかも制限されてくる。

そのことを改めて実感し、健康のありがたさが身にしみた。

働くことは生きていくうえで、ごくごく当たり前のことで、働かない人生なんて考えられないけれど、

家族のなかに心配事があると、それさえも無理が生じてくる。

看病は真に大切なこと。でも、時間のロスは一秒たりともしたくないという日頃の習慣との矛盾。

看病にかかる真に大切な時間さえ、大切に思えず自分を責めたりする。

これが長期間続くと、看病する側のストレスになるんだろうと痛感する。

それでも、人は支え合って生きていくもの。

そばにいて、相手を安心させられていること、そして自分も何かホッとしているその空間と

時間を、貴重なものだと思いたいと思う。

もちろん、時間は限りあるもの。

だからこそ、今おかれている立場、空間を大切に育んでいきたいと思う。

2011年5月10日 (火)

テレビドラマには・・・。

フッと心に響く言葉や内容が、つまってたりする。

最近は、面白かったり忘れられない内容の番組がなくて、テレビの前に座る機会がないけど、

さっき見たドラマは、なんか嬉しくなった。

「 恋するトップレディ 」 

若い女性が市長の設定みたいなんだけど、台詞の中に私の思いと重なるところがあって、

なんか嬉しかった。

何て単純な!と思われるかもしれないけど、ドラマや映画の台詞に勇気をもらうって、

私だけじゃないと思うんだけどな。

そんなドラマ(映像)を自分たちで創れたら面白いよなぁ!!

ちょっと考えてみようっとflairflair

 

2011年5月 8日 (日)

自己責任。

ちょっと前に、「自己責任」って言葉が流行った時があった。

生きていくうえで自らが「責任」を果たす場面はたくさんあると思う。

先日の防災タウンウォッチングを振り返ってみて、まず、個々の危機感のレベルを上げること=自己責任

なんじゃないかなぁと、私は思った。

自分の命を守れるのは、究極のところ、自分だけ(自助)で、それが困難な赤ちゃんや子どもたち、

怪我や病気で寝たきりの人や、高齢者など・・・そういう人たちには、共助や公助の手助けが必要となる。

最初から、共助・公助ありきではなく、いつどこで地震や津波が起こっても

まず、どう動くか(どう逃げるか)を判断するのは必ず個人になるし、

その延長に支え合いが生まれるんだと思う。

そう考えると、3・11以降何らかの動きをした人は危機意識が働いた人。

自己責任において、自らの命を守るという意識を高めた人。

もちろん、行動に移せなくても、どこに逃げよう?現状で逃げられない場合どうしたらいいか?と

頭で考えただけでも一歩前進。

その中味は、それぞれ十人十色であり、生きてきた環境によって千差万別。

自助を考えることなく、まず公助を求める人たちには、自助の重要性を具体的に知らせる。

そして、様々な場面を想定し、互いに訓練を重ねること。

一人ひとりが、できることを増やしていくこと。

それぞれの存在を認め合い、思いを広げ合うこと。

過疎の進む、若者の少ない田舎の町だからこそ、大事なんじゃないのかな?

2011年5月 7日 (土)

見ぃ~つけた!

子どもの頃、よく見かけた梅雨前の風景。

あじさいの葉っぱに、で~んでんむ~しむし♪かたつむり~note

ここ何年か、どでかいナメクジを見かけてビビることはあっても、

かたつむりは見つけることが出来なくて、減ったんだなぁと思ってた。

昨日、近所を歩いていると、道端のあじさいの葉っぱの上に、

ふと目がとまったflair わぁ~、たくさんのかたつむりsnailsnail

Kc3r0015

私が見つけられなかっただけで、自然は変わらず、そこにあったんだね。

そんな当たり前のことが、今は本当にありがたいと思えます。

どの世界でも、みんな一生懸命に生きています!

2011年5月 3日 (火)

事例に学ぶこと。

前回、防災タウンウォッチングのまとめを次回に・・・と書いたのですが、

まだ、まとめられていませんcoldsweats01

というのも、自分が考えたこと、また歩きながら話し合ったことが本当に多岐にわたるのです。

普段、自分が考えもしないようなことを、他の参加の人たちから聞けることは、

大事な視点ですし、視野が広がります。

まとめは、次回ということで・・・。

今回は、他町の対策の事例として写真のデータをいただいたので、ご紹介を。

P5031245_3

P5031303

P5031236

これらの写真を見て瞬間的に思ったことは、「津波から逃げる」ことを、

強く意識した努力の証だなということ。

いつ来るのか、どのくらいの規模なのか、予測ですら1個人の私にはたたないけど、

それでも今、自分たちにできることを、一人でも多くの命を守ることを、

真剣に考えたいと思います。

 

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