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2010年12月 4日 (土)

政治的なこと。

もう、5年以上前になるけれど・・・

私が、議員に出ようと思った理由。

平成の大合併の波が私の暮らす町にもやってきていました。

私は、平成152月に旧由岐町に戻ってきたので、それまでの経緯を何も知らず、

関心もそれほどなく、平成17年の年明けを迎えました。

平成17114日、この日が今の私を作ったのかもしれません。

由岐・日和佐・牟岐の3町合併が進み始めたのは、平成15年。          

平成15年2月12日 海部郡上灘三町合併協議会(法定協議会)が設置されました。

旧由岐町では、その後2回にわたる全地区住民懇談会、全地区住民説明会が行われました。

しかし、当時、自分の生活の確立に精いっぱいだった私は、参加した記憶がありません。

その後、旧由岐町では、3町の合併の是非を問う住民投票が、平成16年11月28日に実施されました。   

有権者数 2987 投票数 1868 投票率 62.54%

 賛成 1114 (59.64%)  反対 754 (40.36%)    

そして、平成16年12月19日 3町の合併協定書の調印が行われました。

しかし、私たち住民に見えないところで、実際、3町合併は難航していたのです。 

それが、はっきりしたのは、

平成16年12月24日 12月議会で合併案提出 賛成4・反対7で、否決。

(参考)牟岐町議会  平成16年12月22日可決(賛成8 反対2 ) 

    日和佐町議会 平成16年12月24日否決(賛成4 反対9 )

平成17年 1月14日 臨時議会で合併案再提出 賛成0・反対10で、否決。 

由岐町は、議会が再度否決したため、海部郡上灘三町合併協議会から、離脱。

日和佐町は、再提案を提出せず、12月議会の否決を受けて、同様に離脱。

よって、平成17年2月28日をもって、海部郡上灘三町合併協議会は解散となりました。

この結果を知った時に、私はもう無関心のままではいられませんでした。

そこで、その当時の議会にあてて住民説明会を開いてほしいと、以下のような要望書を提出しました。

合併は、町と議会だけの問題ではなく、住民一人ひとりの問題です。

由岐町の人口の推移を見てみると、5年ごと300人前後の人が減ってきています。

実際、肌で感じるよりも厳しい現実です。

人が、減るということは、自分の将来、また、子・孫にまで、思いを馳せた時、

一人ひとりが、真剣に向き合わないといけなくなるという事実です。

私が、老後を迎えた時、高齢者を支える体制が存在しえるのかどうか・・・

所得税、水道料、国保税、介護保険料等、生きていくために住民の負担が増えるかもしれない。

危機感は、膨らむばかりです。

今回、由岐町・日和佐町の海部郡上灘三町合併協議会からの離脱により、三町の合併は消えました。

今までの営みが、白紙に戻ったという見方もありますが、今こそ、住民が真剣に、

自分たちの将来を見つめる絶好の機会だと、私は考えています。

この機会に、町も議会も住民も、思いを一つにして、将来を見据えた答えを出してほしいと望みます。

合併という目の前の一つの現実だけではなく、何十年、何百年と続く、由岐町の将来を思い、

今までの流れから、将来の展望までを話し合える場になることを希望し、これを、提出致します。                                

・・・・・これを、提出するにあたり、必死で資料を取り寄せました。

だって、無関心だった私の手元には資料といえる資料がなかったから。

役場からもらっていた資料・法定協議会の会議録・各小委員会の会議録・

合併協議会だより・その他・・・

それらを読めば読むほど、由岐町の代表として三町の会議に出席されていた委員の皆さんが、

由岐町に対して、どれほどの熱い思いを持って会議に臨んでいたか、

今だけの現実を見ていたわけではなく、何年、何十年先を見据えて発言されていたか

ということを知りました。

じゃあなぜ、最終局面で民意と違う答えを出されたのか・・・それが、残念でならなかった。

42.195kmのフルマラソンの三町合併というゴールを目指し、ラスト1kmまで、

がむしゃらに熱い思いで走り続けて来られたのに、なぜ棄権してしまったのか・・・

その部分が、どんなに思いをめぐらし考えても、答えが出てこなかった。

再度の否決をする前に、なぜ住民に考えを示してくれなかったのか、住民はあてにならんと思われたのか、

住民投票が民意でないと考えたなら、なぜ、住民と寄り合って本当の民意を聞こうとしなかったのか、

話し合えば、新しい何かが見出せたはずなのに・・・と残念でならなかった。

確かに、これまで無関心で過ごしてきた住民にも責任はある。もちろん、私にも。

だから、過ぎ去ったことを思っても始まらない。

だからこそ、今をスタートだと考え、二度と同じ道を歩まないよう、

みんなが真剣にこの問題に向かい合わなければ、由岐町の将来はないと思った。

そして、未来は人任せではなく自分たちの手で切り拓いていかなければならないと思った。

そう気づいた時、これまで町に対しても行政に対しても無関心だった私が初めて、自分に今何ができるのかを

真剣に考え始めたように思います。

長々と、つづってしまいました。

続きは、また明日。

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